神は数学者か?―ー数学の不可思議な歴史 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫〈数理を愉しむ〉シリーズ)

神は数学者か?―ー数学の不可思議な歴史 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫〈数理を愉しむ〉シリーズ) の詳細

数学的対象は実在するのだろうか、これが本書のテーマである。そのためユークリッド幾何学やピタゴラス学団から説きおこす。このころから長い間、数学的対象は当然実在すると思われ、何の疑問も持たれなかった。ところが非ユークリッド幾何学が全てをぶち壊してしまった。公理系を替えて無矛盾的な体系をつくれば数学として成立する事の認識は、もしかしたら数学はある種のゲームであって人間が作り出したものではないか、との考えを産んだからだ。その後、数学は抽象的な存在として（物理的にではなく）実在する事を示すために、ヒルベルトによる形式化の試みがなされた。経験的事実に基づかずに抽象的体系を純粋に構築する試みは、完成直前にラッセルからの指摘を受けて頓挫した。一方ラッセルの数学の論理学化も全的な同意を得る事は出来なかった。人生をかけた数学の天才の構築がやはり天才により崩されるのはどういった心持だろうか。そして、そもそもそのような試みそのものが無理ですと宣言するゲーデルの不完全性定理が発表される事になる。しかし数学は、物理的実在と余りにも適合的ではないだろうか。相対性理論のためにはすでにリーマン幾何学が準備されていた。やはり自然は数学で書かれているのだろうか。著者は待て、という。余りにもその達成が劇的だから幻惑されてしまうのであって、数学が適用可能でない自然の対象はいくらでもあると指摘する。また、人間の脳で数学は展開されるのだから、その認識的パターンは生得的である点で言語に近いのではないだろうか。もし仮に海で生活するクラゲ的な知性が存在したら、環境そのもが連続的だから自然数という概念は発達しなかったのではないか、と著者は言う。だから、明示的にではないが著者の主張は、数学は人間が自然にあわせて構築したものであり、数学的対象が実在するという主張には組していない。実際、ニュートンは力学のために微積分を発明したのではないだろうか。とくに数式は用いず、最期まで進む。論理学や形式化の議論はやや難しいが、興味深く読むことができた本である。